令和8年度石川県七尾市・石川県金沢市

更新日:2026年08月03日

1.視察出張委員
 委員長  永松   敏彦      副委員長   原      直輝
 委    員  杉         一      委        員   竹村   和人
     〃     山薗   有理            〃        川井田清香
     〃     土井   秀勝            〃        加柴   扶美
     〃     鈴木   隆広
2.視 察 先 石川県七尾市・石川県金沢市
3.実 施 日 令和8年7月16日(木曜日)~17日(金曜日)
4.調査事項 下記報告のとおり

◎7月16日 14:00~ 石川県七尾市

<能登半島地震への対応及び防災の取組について>

初めに、永松委員長よりお礼のあいさつがなされた後、七尾市議会議長より歓迎のあいさつがなされた。続いて、七尾市市民生活部危機対策課課長補佐から説明を受け、質疑応答がなされた。最後に、原副委員長よりお礼のあいさつがなされた後、議場見学を行った。

<説明の概要>

1)地震の規模
地震規模はマグニチュード最大7.6、震源の深さは16kmであり、七尾市では震度6強を観測した。

2)津波に関する情報
地震発生から2分後に津波警報が発令され、発令されてから10分後には大津波警報に切り替えられた。大津波警報が発令されたのは東日本大震災以来2度目のことであった。この警報を受け、石川県だけではなく富山県や新潟県でも、住民の高台への避難が見られた。その後、午後8時30分に津波警報に、翌日午前1時15分には津波注意報へと順に切り替えられ、同日午前10時に津波注意報は解除された。
なお、七尾市では津波による大きな被害はなく、地震による家屋への影響も軽微であった。

3)地震の発生回数
能登半島地震が発生した1月は合計1,558回の地震が起こり、そのうち震度5強以上を11回観測した。特に1月1日から3日までの間は頻繁に地震が起こり、住民は不安な日々を過ごしていた。その後は、6月に震度5強、11月に震度5弱を観測している。

4)人的・建物被害
・人的被害
令和8年3月31日時点で、直接死は5名、災害関連死が78名であったが、現在は災害関連死が80名を超えてきている状態であり、今後100名を超えてくる可能性もあると考えている。また、負傷者は重傷・軽傷合わせて39名である。
・建物被害
全壊が537件、大規模半壊が505件、中規模半壊が1,115件、半壊が3,461件、準半壊が3,770件、一部損壊が7,734件、合計で17,122件の建物が被害に遭った。全壊の数で見ると輪島市や珠洲市が多いが、住家が多い七尾市ではその分被害を受けた建物の数が他市と比較すると多くなった。
大きな建物で被害が大きかったのが和倉温泉であった。複数の旅館で建物が傾く被害があり、多くの旅館が建物を解体することとなった。また、住家の方でも1階部分が押し潰される被害が多々見られた。

5)道路被害
能登半島全体では各地で通行止めが発生し、孤立状態に陥る地区もあった。七尾市は、金沢方面からのアクセスが寸断されなかったことから、輪島市や珠洲市と比較すると影響は少なかったが、市内各所で道路の損壊が見られ、復旧作業や支援物資の運搬等に大きく影響した。なお、現在も復旧工事が続いている道路も存在する。

6)断水被害
七尾市の全21,779世帯のうち、断水世帯は20,977世帯で市内の約96%が断水状態となった。断水は約3カ月間続き、4月1日に市内全域で復旧した。当初、復旧の目途は5月頃とされていたが、全国からの協力・応援により、想定よりも早く断水を解消することができた。

7)学校被害
市内の10小学校、4中学校においてそれぞれ損傷箇所があったことや、校内の体育館等を避難所としていたことから、全学校で3学期のスタートができなかった。学校再開は1月下旬からであり、分散登校やオンライン授業等も実施した。最終的に全学校が通常どおり授業を行うことができるようになったのは4月からである。なお、損傷の大きかった田鶴浜小学校は解体され、新校舎が建設中である。

8)発災当初の市役所の様子
正月休み中であったことから、職員も県外に帰省していたり、また、大津波警報が発表されたことで高台に避難していた等の状況から、1月1日当日の職員の参集率は3割程度にとどまった。全ての職員が参集したのは1月4日であった。市庁舎自体に大きな被害はなかったが、書類棚が崩れたり、消防訓練施設が大きく損壊する等の事象はあった。
1月2日以降は、全国各地からの支援物資が届き始め、職員はその仕分けに追われ、疲労が顕著となってきた。そのため、支援物資の受入態勢を整えるため、以下3点の対応を行った。
(1)日中のみ支援物資を受け入れる
(2)個人の支援物資の受入中止する
(3)自治体や企業、民間団体等、まとまった数量での支援物資を優先する

9)災害協定先の佐川急便による支援物資活動
災害応援協定を締結している佐川急便には1月4日から物資配送を依頼した。大型車両による支援物資の配送ができるようになったことから、避難所への輸送効率が大幅に向上した。また、フォークリフトを借用でき、大型車両への荷積み・荷下ろしの作業効率が上がったことも、配送の円滑化に寄与した。

10)避難所関係
七尾市における最大避難者数は2,681人、避難所の数は27ヵ所と公表しているが、実際は3,000人以上の住民が避難したものと考えられ、避難者数を正確には把握しきれなかった。避難所における課題としては、断水して水が使えず、トイレやシャワーが使用できなかったり、トイレ等の衛生面の対応に苦慮した等が挙げられる。ただ、発災から日が経つにつれ、全国の自治体からのトイレトレーラーの支援等様々な支援が届いたことにより、避難所環境は徐々に改善されていった。なお、七尾市が開設した避難所とは別に、石川県が開設した避難所も併せて利用された。

11)在宅避難者への対応
在宅避難者の安否確認ができない問題が発生したことから、石川県は公式LINEに在宅避難者が友達登録し、避難先や氏名等の情報を登録することで避難地域の情報等を得ることができるようにし、その登録情報と避難所の避難者名簿等を組み合わせて被災者データベースを構築することで、効率的な被災者支援を実施した。この対応により、能登半島地震の行方不明者数は0人となっている。

12)応援自治体の活動状況
七尾市には、名古屋市や京都市をはじめとした全国の自治体から延べ17,386人が応援職員として派遣された。応援職員の主な業務内容は、避難所運営や罹災証明書の発行、被災住宅の危険度判定調査であったが、他にも水道管の漏水調査や、被災者支援の各種制度の窓口対応等にも従事してもらった。

13)ボランティア支援
1月10日にボランティアセンターを立ち上げ、同27日から活動を開始した。7月28日に活動を終了するまでに延べ約15,000人がボランティアに従事し、家の片付けや災害廃棄物の運搬・処分等を実施した。また、10月11日からは複数の民間ボランティア団体が一つの組織を結成し、民間災害ボランティアセンター「おらっちゃ七尾」を開設した。令和7年12月末までで延べ約28,000人のボランティアを受け入れ、家屋の片付けや住民の集いの場の提供といった活動に従事されている。

14)支援受入れに係る課題
国からの派遣職員や応援自治体の職員、災害応援ボランティア等、多くの人々に被災地へ来てもらったが、七尾市では宿泊場所を確保できず、毎日被災地に通ってもらう状況となってしまった。また、道路網にも甚大な被害が出ていたことから、物資配送や復旧作業が円滑に行えなかった。このことから、支援者を受け入れる際に必要な対応として、以下4点が重要であると認識している。
(1)道路網の早急な状況確認及び安全確保
(2)空や海からの支援受入方法も検討
(3)支援側も非常食や寒さ対策等を準備
(4)近隣の宿泊施設等を早急に確認

15)七尾市戦略的復興プラン及び七尾市戦略アクションプラン
能登半島地震からの復興のため、七尾市戦略的復興プランを策定した。当該プランは、以下4つの柱からできている。
(1)ハード・ソフト両面で災害に強いまちづくり
(2)地域資源を活かしたなりわいの再建と創造
(3)ヒト・モノ・カネの流れの回復と創出
(4)まちの持続を支える次代を担うひとづくり
これらの取組の着実な推進に向けて、計画全体を先導していく役割を担う重点プロジェクトの取組内容やスケジュールを市民と共有していくため、七尾市復興アクションプランを策定した。

16)復興に向けた取組
・被災者支援の各種制度
住宅支援と人的支援に分けられる。住宅支援では、被災者再建支援金や災害義援金等、人的支援では、災害弔慰金や災害義援金等がある。
・公費解体・自費解体
住宅の解体については、一部解体が保留されているものを除いて、申請があったものに対してほぼ100%完了している状態である。
・復興公営住宅
令和8年3月末現在で、応急仮設住宅を13団地575戸、市営住宅及び定住促進住宅を94戸提供しており、加えてみなし仮設住宅も提供しているが、現在、復興公営住宅の建設も進んでおり、市内14か所に建設予定である。

<質疑応答>
(問)事前に作成していた地域防災計画やBCP、避難所運営マニュアルは震災時、効果があったか。
(答)あまり効果はなかった。災害対応に追われてそれらを確認する余裕もなく、ほとんど手探りの状態で対応することとなってしまった。職員の知識不足が露呈したことから、まず職員の意識から変えていかなければならないという結論に至った。

(問)震災を受け、事前に準備しておけば良かったと感じたことはあるか。
(答)他自治体からの応援職員の受入れ態勢を整えておけば良かったと感じている。特に応援職員が事務をするスペースの確保が重要だと考えている。

(問)通信が出来なかったと推察するが、市民への情報伝達に有用だったツールは何か。
(答)七尾市では一部地域を除いて通信が出来ないといった事象は起こらなかったため、困ることはなかった。

(問)ラジオ七尾は災害時に役立ったか。
(答)ラジオ七尾は新聞社の子会社であることから、七尾市の情報だけではなく県内の情報も流してもらえた点が有用であった。

(問)ラジオ七尾への年間の拠出額は。
(答)正確には分からないが、かなり大きな金額を拠出している。

(問)災害時の応援協定を結んでいた民間企業や周辺自治体も被災する中で、協定はどの程度機能したか。
(答)説明時に紹介した佐川急便との連携が取り上げられがちであるが、物資を調達する上で、ホームセンターに融通を効かせてもらったことも避難所運営において大きかったと感じている。

(問)JAの倉庫を借りたことは、協定とは関係のないものか。
(答)JAとは災害時の応援協定を結んでおり、協議の結果、3か月間無償で倉庫を借りることができた。

(問)フォークリフトはどのような経緯で借りることができたのか。
(答)災害対応に使って欲しいということで、所有するフォークリフトを無償で貸し出してもらった。

<視察の様子>
七尾市1

七尾市2

 

◎7月17日 10:00~ 石川県金沢市

<能登半島地震への対応及び防災の取組について>

初めに、市議会事務局議事調査課長より歓迎のあいさつを受けた後、永松委員長よりお礼のあいさつがなされた。続いて、危機管理課係長から説明を受け、質疑応答がなされた。最後に、原副委員長よりお礼のあいさつがなされた後、議場見学を行った。

<説明の概要>

1.能登半島地震発災時の対応状況
1)災害の発生状況と被害の特徴
令和6年1月1日16時10分、金沢市から輪島市・志賀町を含む能登半島全域で震度5強(金沢)から震度7(輪島)に及ぶ強震が発生した。木造住宅の倒壊、主要道路・橋梁の寸断、津波被害、連続大規模火災が同時に発生し、典型的な複合災害となった。道路・河川の損傷により移動が著しく困難な状況であったが、福祉・医療・環境など多職種の職員が出動し、約40%の参集率を確保した。物資輸送はヘリコプター等多様な手段を用いて行われたものの、トンネル再建には8か月を要した。

2)通信・物流機能の麻痺と課題
発災直後、通信インフラが損傷し携帯電話が不通となり、情報発信は電話連絡のみという極めて限定的な手段に依存した。連絡ツール不足が避難所運営や多機関連携の混乱を招いた。また、橋梁倒壊・トンネル断絶・道路寸断により物流機能が大幅に低下し、支援物資の搬入が遅延した。携帯基地局も崩壊したが、通信事業者各社が臨時基地局・ドローン・移動型アンテナを設置し、KDDIはスターリンクによる衛星通信を導入することで早期の通信確保を実現した。

3)災害対策本部の設置と金沢市の役割
災害対策本部は令和6年1月1日に設置され、3月31日に解散した。金沢市は自らも一部被災しながら、同時に能登地域を支援する二重の対応が求められた。消防・救急職員を初日から派遣し、路面浸水対応、水道停止対策、医療サービス、ゴミ運搬など多分野の業務に従事させた。これにより水道・電気・通信インフラの復旧に寄与した。

4)避難状況
避難所は124箇所、避難者数は10,259人に達した。ホテル、老人福祉施設、体育館、学校等を活用した広域避難体制を構築し、約1万人を安全に収容した。一方、能登半島全体では600人以上の死者のうち約500人が避難所内で死亡しており、避難環境の厳しさが浮き彫りとなった。

5)能登被災地への物資支援
能登被災地支援本部を1月4日に設置し、1月6日から3月24日まで物資支援を実施した。受入件数は延べ3,973件、搬送品目は計33,000箱に及び、うち飲料水約17,800箱、保存食約1,190箱、野菜ジュース約290箱、紙おむつ約630箱、口腔ケア用品約510箱、携帯トイレ約360箱などが輪島市を含む7自治体へ搬送された。

6)能登被災者の受入れ支援
能登被災者受入本部を令和6年1月10日に設置し、輪島市から最大314人を市内体育施設等で受け入れた。シャワー設備のある施設を選定し、生活支援総合窓口の開設や保健師による健康状態把握など、ホテル・旅館等の2次避難所に対する支援も実施した。

7)職員派遣と全国からの応援
金沢市は消防・救急職員を輪島市、七尾市、羽咋市、珠洲市へ派遣し、路面浸水対応、水道停止対策、医療サービス、ゴミ運搬など多様な業務を支援した。また、全国から多数の応援職員が金沢市に入り、被災地支援体制の強化に寄与した。

2.金沢市地域防災計画(第1次)の改定方針
令和6年能登半島地震では、避難所運営、要配慮者支援、ライフライン途絶、情報発信の混乱など多岐にわたる課題が顕在化した。これらの被害状況と災害対応を総合的に検証し、地域防災計画の実効性を高める必要が生じたことから、令和6年5月に金沢市能登半島地震課題検証会議が設置された。
同会議では、以下8つの検討事項について協議が行われた。
(1)避難所のあり方、避難所開設や運営
(2)要配慮者支援
(3)ライフライン、交通インフラ
(4)子ども、児童支援
(5)生活支援、建物応急復旧
(6)情報発信、広報
(7)広域避難、支援受入
(8)災害対策本部の体制
これらは能登半島地震で実際に発生した課題を網羅しており、計画改定の基礎となった。
検証結果と災害教訓を踏まえ、地域防災計画(第1次)は、以下3つの方針を柱として改定された。
(1)能登半島地震を教訓とした避難所運営の改善
(2)大規模災害を見据えた対応体制の強化
(3)市民への情報発信力強化、防災啓発の充実

1)能登半島地震を教訓とした避難所運営の改善
避難所運営の改善では、震度5の揺れで自動的に鍵が解放されるキーボックスを導入し、鍵保持者が不在でも避難所を迅速に開設できる仕組みを整備した。また、暗証番号入力や警備室への電話連絡による自動開錠を可能とし、初動対応の遅れを防止した。さらに、高齢者や障がい者への対応力を高めるため、車椅子、スロープ、簡易トイレ、バリアフリー資材等の福祉用品を標準備蓄として備えていく予定である。

2)大規模災害を見据えた対応体制の強化
大規模災害を見据えた対応体制の強化として、災害対策本部、消防局、企業局、保健所に衛星通信機器(スターリンク)を導入し、通信途絶時でもインターネット環境を迅速に構築できる体制を整えた。これにより、情報伝達や指揮命令系統の維持を確実にした。また、帰宅困難者対応マニュアルを策定し、連絡体制や役割分担、一時滞在場所を整理して関係機関と共有するとともに、ヘルプデスクや外国人対応窓口を設置した。さらに、交通事業者の最新情報を集約して発信する仕組みを整備し、災害時の混乱抑制を図った。加えて、断水時の衛生環境確保のため、トイレトレーラーの配備、マンホールトイレ整備の推進、防災井戸の活用強化を進めた。

3)市民への情報発信力強化・防災啓発の充実
市民への情報発信力強化と防災啓発の充実では、情報入力作業を一元化し、複数の発信ツールを用いて避難情報等を迅速に届ける体制を整備した。防災啓発では、VR体験を活用した防災講座を年間180回実施し、市民の防災意識向上を図ったほか、企業防災士の育成・支援や社内備蓄の推進に取り組み、地域全体の防災力向上を目指した。

3.金沢市地域防災計画(第2次)の改定
令和7年5月、石川県による地震被害想定の見直し調査結果を踏まえ、金沢市はこれまでの課題検証会議、アドバイザー会議、防災会議などで重ねてきた議論を反映し、地域防災計画(第2次)の改定を行った。今回の改定は、地震被害想定の再評価に基づき、計画の実効性を一層高めることを目的としており、以下5つを柱として改定が行われた。
(1)避難所のあり方や備蓄計画の見直し
(2)新たに設定された被害想定項目への対応
(3)「いのちを守る」減災・予防策の充実
(4)早期復旧・復興に向けた受援体制の強化
(5)デジタル技術の活用及び適正な災害広報

1)避難所のあり方の検討
市指定避難所とは別に、自治会や自主防災組織が自主的に開設する避難所を「届出避難所」として登録する制度を創設した。地域の集会所や民間施設など、所有者の同意を得た建物を対象とし、旧耐震基準の建築物や土砂災害危険区域を除外することで、安全性を確保した。また、車中泊避難への対応として、2,000平方メートル以上の駐車場を持つ市有施設を一時避難場所として確保し、多様な避難形態に対応できる体制を整備した。

2)災害関連死への対応策検討
避難所体育館への空調整備を進めるとともに、高齢者支援のため段ボールベッドや介護用トイレを計画的に配備した。さらに、NPO等のアドバイザー派遣による避難所運営支援や災害時医療体制の強化に取り組み、大学・行政・地域が平時から連携を深めるため、防災訓練や学生防災フォーラムの開催を進めた。

3)孤立集落への対応策検討
孤立集落への対応策として、孤立集落対策マニュアルを策定し、連絡手段、物資供給、備蓄体制などの対応を体系的に整備した。これにより、道路寸断や通信障害時でも地域の孤立を最小限に抑える仕組みが構築された。

4)減災・予防策の検討(ライフライン・生活機能支障)
建築物耐震改修促進計画の策定により耐震化を強化し、建設関係団体との連携による迅速な応急対応や道路復旧を進める方針が示された。ライフライン対応の見直しや医療団体との連携強化、生活機能支障への対応、防災啓発の推進など、平時からの減災対策を強化する内容となっている。

5)早期復旧・復興に向けた受援体制の強化
民間協定締結団体と避難所支援班、物資調達班、福祉班など各班との平時からの紐づけを強化し、災害状況やフェーズに応じて柔軟に部局横断型プロジェクトチームを結成できる体制の検討が進められた。

6)デジタル技術の活用及び適正な災害広報
これまで未整備であった災害時の情報発信マニュアルを整備し、通信障害時の対応や被災者支援に必要な情報提供の仕組みを確立した。被災情報の収集・分析、行政と市民の必要情報の整理、首長による効果的な発信、発信手段の多重化、石川県のマニュアルとの整合、地域アプリの活用などが可能となった。また、石川県によるデジタル技術を活用した避難者情報の把握、ドローンによる被害調査、新防災情報システムや物資支援システムの利活用が進められることとなり、災害対応の高度化が図られた。

<質疑応答>
(問)自動解除キーボックスを学校で設置する際の管理体制などの課題をどのように調整したのか。
(答)自動解除キーボックスの導入に際しては、学校と教育委員会との協議の中で、避難所として利用できるエリアと入場不可エリアを明確に図面化し、該当エリアの鍵をキーボックスに収納した。図面はキーボックス内に事前に設置し、避難者に対しても図面を共有することで、鍵の解錠権限を守りつつスムーズな避難を実現した。

(問)FM放送は本災害時に有効に活用できたか、また、市民への情報提供にどのように寄与したのか。
(答)金沢市では、携帯電話のネットワークがインフラダメージにより一部機能停止したものの、復旧が早く、FM放送は大きな役割を果たさなかったが、周辺自治体では通信障害が発生し、緊急情報の拡散手段として有効だった。

(問)災害時のホテルにおける受入れ体制を整備する際、費用負担の調整はどのように行ったのか。
(答)観光部局が各ホテルに連絡し、空室情報をリアルタイムで取得した。国の災害救助法に従い、宿泊費用を定額で国費負担し、ホテルには追加費用の支払いを行った。その結果、ホテルを含む民間施設を統合した広域避難体制を短時間で確立した。

(問)避難所の事前登録制度について、具体的な登録手続きとその効果を伺う。
(答)石川県の被害想定調査結果を基に、避難所として利用できる施設をあらかじめ登録し、登録者には初回のみ防災備蓄品の購入費用の補助を行う。登録により、災害発生時に地域住民が身近で自主的に避難できる場所を確保し、必要資材と避難者の搬送をスムーズに行うことができる。

(問)避難所に備える車椅子・杖等の福祉用品はどのような機関の助言を得て購入品目を決定し、調達する予定か。
(答)まずは基本的な福祉用具から揃えていこうと考えている。ただし、将来的には福祉関連の専門機関や市民団体からの意見も聞き、購入品目を選定していきたいと考えている。

(問)金沢駅周辺に帰宅困難者が発生した際、鉄道、道路、避難所への搬送をどのように調整したのか。
(答)JR等の運行担当者と連携し、駅周辺の避難所等へ即時移動ルートを設定した。同時に、道路状況をリアルタイムで監視し、要望に応じて車両やバスの転送を手配した。

(問)消防・救急・医療といった職員派遣の際の事務的サポートや情報共有の方法について、どのような改善を図ったのか。
(答)避難所の職員と連絡を取り合うために、スマートフォンとPCにチャットアプリを導入した。通信は電話・チャットの両面で行い、物資リクエストや人数確認をリアルタイムで共有した。また、法人・自治体と締結した災害時応援協定に基づき、事務職員を随時派遣し、行政手続きを迅速化した。

(問)マイナンバーカードやお薬手帳を活用した医療情報共有はどのように実施され、避難者の医療支援にどのように寄与したのか。
(答)避難所に滞在する避難者は、マイナンバーカードとお薬手帳を提示した。医療職員はこれらの情報を電子カルテへ取り込み、必要な薬剤や処方を確認した。結果として、急性疾患の助長を防ぎ、医療介入の遅延を減少させた。

(問)自衛隊との連携体制について、自治体レベルでの調整や現場でのリエゾン(相互の連絡や協議を行う役割や人)の役割は。
(答)金沢市内には自衛隊OB1名が在籍し、日常訓練に参加している。災害発生時は、引き受けたOBがリエゾンとして出動し、情報交換と現場指揮へ貢献した。

<視察の様子>
金沢市1

金沢市2

以 上

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