おまけ~今も有岡城が?!~
今回、全4回に分けて、有岡城についてご紹介しました。お家で新しい発見がありましたでしょうか。
最後に、現在も有岡城を実感していただける場所をご紹介したいと思います。
現在、有岡城跡史跡公園では、第85次調査にて発掘された主郭堀の幅を御影石と人工芝で表現していますので、公園に行かれた際、是非一度改めてご覧になってください。
有岡城跡史跡公園(竣工時)
公園北側内の階段を上ると、正面に主郭部の石垣を復元しています。
(有岡城の石垣はここのみで、ここ以外の石垣は公園整備時に造った擁壁です。)
石垣の他にも、井戸跡や礎石建物跡も復元しています。
また石垣近くに、村重と京六条河原で処刑された側室たしの歌が刻まれた石碑が建っていますので、歌に残された当時の二人の思いを知ることもできます。

有岡城跡主郭部石垣近くに設置されている荒木村重・たしの歌碑
荒木村重の歌:思いきや あまのかけ橋 ふみならし なにはの花も 夢ならむとは
歌意:果たして思ったであろうか。これまで自分のやって来たことは、漁師が間に合わせの、仮橋を踏んで平らにするように、同じところを何回も往ったり来たりしていたようなもので、難波の花も結局は夢のまた夢であろうとは。
たしの歌:霜かれに 残りて我は 八重むくら なにはのうらの そこのみくつに
歌意:霜枯れの冬に残る私は、幾重にも生い茂った雑草のようなもので、難波の水底の屑になってしまうのだなあ。
(歌・歌意は伊丹市文化財保存協会発行『文学碑を訪ねて』より引用)
有岡城跡史跡公園すぐ東側にあるカリヨン塔の近くには、主郭部の発掘調査で見つかった「村重の沓脱石」とされる石が保存されています。
左側が「村重の沓脱石」(右側は伊丹之親の歌碑)
そして、惣構の北端を警固していた岸の砦は猪名野神社境内にあったと考えられており、今でも猪名野神社境内の北西に当時の土塁跡が残っています。
今も残る岸の砦の土塁跡
残念ながら、大溝筋堀跡は大型店舗建設による発掘調査で発見されましたが、今は見ることができません。現在堀跡の上に造られた大溝筋跡が復元されており、当時の発掘の様子等が見ていただけます。
現在復元された大溝筋跡
随所に説明板を設置しておりますが(一部看板には現在の歴史解釈とは異なるものもあります)、より詳しく有岡城について知りたくなった方は、是非伊丹市埋蔵文化財センター市立伊丹ミュージアムにお越しください。また、有岡城以外にもたくさんある伊丹の文化財を広く知っていただくために、色々な事業(史跡めぐりや講演会、講座等)を実施しています。ホームページや広報伊丹で情報を発信し、募集しております。ご参加をお待ちしております!
地図情報
この記事に関するお問い合わせ先
都市活力部産業振興室文化振興課 文化財係
〒664-8503伊丹市千僧1-1(市役所4階)
電話番号072-784-8090 ファクス072-784-8048
- 【社会教育課】このページの感想をお聞かせください
-
更新日:2026年03月25日