伊丹廃寺跡出土品
伊丹廃寺跡の発掘調査は昭和33年から9年の歳月をかけておこなわれ,法隆寺式の伽藍(がらん)配置をもつ古代寺院跡の全容がほぼ明らかとなりました。それにともなって出土した遺物のなかには,五重塔の頂きを飾る水煙や金堂の内壁を飾った塼仏(せんぶつ)など貴重なものが多く,昭和52年には,出土遺物1,027点が一括資料として県指定文化財に指定されました。
指定された出土品の内訳は,金具類61点,塼仏(せんぶつ)4点,軒瓦351点,丸瓦・平瓦239点,道具瓦83点,塼35点,土器類254点です。
瓦類
軒瓦は丸瓦6種,平瓦8種が出土しています。菊花様単弁花文(きっかようたんべんかもん)軒丸瓦(写真左)は,素文(そもん)軒平瓦と重弧文(じゅうこもん)軒平瓦のくみあわせが考えられ,伊丹廃寺創建期の瓦です。波状文縁複弁(はじょうもんえんふくべん)花文軒丸瓦(写真中央)は唐草文(からくさもん)軒平瓦(写真中央下)とのくみあわせが考えられます。時代はやや下って奈良時代後期頃のものです。平安時代後期になると,巴文(ともえもん)軒丸瓦(写真右)が用いられるようになります。伊丹廃寺出土の瓦には,この後の鎌倉時代末頃のものも含まれています。
塼仏
塼仏の残欠は全部で4片あり,如来形,菩薩形仏頭,小型如来形の3種類が出土しました。如来形は2片あり,うち一つは高さ6センチ,幅6センチ,厚さ5ミリで,薄手の長方形の塼に独尊の半身が浮彫になっています。表面には金箔が点々と残っています。もう一つは下部蓮座のあたりとおもわれる小さな残欠です。菩薩形頭部は小さな断片で,宝冠をつけた頭部と,後ろの頭光の一部を残すのみです。小型如来形も小さな断片で,蓮座に座した如来形ですが,頭部を失っています。
金具類
金具類には,鋼製の水煙(すいえん)・九輪(くりん)・風鐸(ふうたく)などがあります。水煙は昭和33年春,畑の耕作中に見つかり,伊丹廃寺発見のきっかけとなったものです。高さ115センチで,透かしの文様はおおらかな唐草文です。その外縁には火焔をつけ,中央支柱の先端には宝珠形(ほうじゅけい)に近い火焔を飾っています。もとは左右対称の1枚の羽根になっていましたが,その右半分と下端を欠いています。
九輪は,塔跡の東側で一括出土しました。残っていたのは3輪分で,大きいものは覆輪(ふくりん)の下端で内径108センチ,高さ16.5センチ内外,輪部の輪の内径は39.2センチです。覆輪の下端に孔があって,ここに風鐸をつるしていました。風鐸の断欠も一緒に出土しています。
(下の写真は伊丹廃寺跡の軒丸瓦・軒平瓦、左の軒丸瓦の面径17センチ、長さ38センチ)


伊丹廃寺跡の水煙
現高115センチ、幅68センチ

伊丹廃寺跡の塼仏
現高68ミリ、幅6センチ
所在地
伊丹市宮ノ前2丁目5番20号(市立伊丹ミュージアム)
交通
阪急伊丹駅から徒歩北東へ約9分、JR伊丹駅から徒歩北西へ約6分
専用駐車場はありません。宮ノ前地下駐車場(有料)をご利用ください。
参考文献
- 「伊丹廃寺跡出土品」『伊丹の文化財』伊丹市教育委員会、平成7年
- 高井悌三郎「伊丹廃寺跡」『伊丹市史』第1・4巻、伊丹市、昭和43・46年
- 高井悌三郎「伊丹廃寺」『新・伊丹史話』伊丹市立博物館、平成6年
- 『摂津伊丹廃寺跡発掘調査報告書』伊丹市教育委員会、昭和41年
- 解説資料第23号『伊丹廃寺-埋もれていた古代寺院-』伊丹市立博物館、昭和59年
- 解説資料第42号『発掘された寺院~西摂を中心に~』伊丹市立博物館、平成13年
- 橋本久他「摂津伊丹廃寺跡その後の調査」『地域研究いたみ』第14号、伊丹市立博物館、昭和59年
- 高井悌三郎「伊丹廃寺跡の調査」『地域研究いたみ』第15号、伊丹市立博物館、昭和60年
- 内田俊秀「伊丹廃寺に使用された相輪等の銅合金の特徴について」『地域研究いたみ』第21号、伊丹市立博物館、平成4年
- 杉本和江「伊丹廃寺水煙等の保存処理」同上
- 藤本史子「北村地域の中世寺院」『地域研究いたみ』第32号、伊丹市立博物館、平成15年
- 沢村仁「伊丹廃寺相輪の復原」『辰馬考古資料館考古学研究紀要』2、平成3年
地図情報
この記事に関するお問い合わせ先
都市活力部まち資源室文化振興課(文化財担当)
〒664-8503伊丹市千僧1-1(市役所4階)
電話番号072-784-8090 ファクス072-784-8048
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更新日:2022年11月01日