【おまけ】今も有岡城が?!

更新日:2026年06月18日

全4回のコラムのおまけとして、現在も有岡城を実感していただける場所をご紹介したいと思います。

 

有岡城跡史跡公園の北側内の階段を上ると、正面に主郭部の石垣を復元しています。
(有岡城の石垣はここのみで、ここ以外の石垣は公園整備時に造った擁壁です。)

石垣の他にも、井戸跡や礎石建物跡も復元しています。

また、石垣近くに、村重と京六条河原で処刑された側室・たしの歌が刻まれた石碑が建っていますので、歌に残された当時の二人の思いを知ることもできます。

荒木村重と側室・たしの歌碑

荒木村重と側室・たしの歌碑

荒木村重の歌

思いきや あまのかけ橋 ふみならし なにはの花も 夢ならむとは

【歌意】

果たして思ったであろうか。これまで自分のやって来たことは、漁師が間に合わせの、仮橋を踏んで平らにするように、同じところを何回も往ったり来たりしていたようなもので、難波の花も結局は夢のまた夢であろうとは。

たしの歌

霜かれに 残りて我は 八重むくら なにはのうらの そこのみくつに

【歌意】

霜枯れの冬に残る私は、幾重にも生い茂った雑草のようなもので、難波の水底の屑になってしまうのだなあ。

(歌・歌意は伊丹市文化財保存協会発行『文学碑を訪ねて』より引用)

 

有岡城跡史跡公園すぐ東側にあるカリヨン塔の近くには、主郭部の発掘調査で見つかった「村重の沓脱石」とされる石が保存されています。

荒木村重の沓脱石

左側が「村重の沓脱石」(右側は伊丹之親の歌碑)

そして、惣構の北端を警固していた「岸の砦」は猪名野神社の境内にあったと考えられており、今でも猪名野神社境内の北西に当時の土塁跡が残っています。

岸の砦の土塁跡

今も残る岸の砦の土塁跡

残念ながら、大溝筋堀跡は大型店舗建設による発掘調査で発見されましたが、今は見ることができません。

現在は堀跡の上に造られた大溝筋跡が復元されており、当時の発掘の様子等が見ていただけます。

復元された大溝筋跡

復元された大溝筋跡