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縄文・弥生時代

籾圧痕付き浅鉢の写真

阪神地域の縄文・弥生文化は、猪名川流域を中心に発展しました。 市域東部の口酒井遺跡のほか、北部・西部・南部の遺跡からも遺構・遺物の発見が相次いでいます。

籾圧痕付き浅鉢(口酒井遺跡出土)

古代

行基像の写真

 奈良時代に伊丹廃寺(国指定史跡)ができ名僧・行基が登場。昆陽池や昆陽施院(現在の昆陽寺)をつくりました。
⇒昆陽池ができたのは奈良時代

行基座像

名僧・行基(ぎょうき)

昆陽池ができたのは奈良時代

中世

荒木村重の絵

14世紀の初めごろ、この地に伊丹氏を名乗る武士団が現れます。
伊丹氏は南北朝時代に伊丹城をつくり、摂津国の3分の1を支配していました。
この地域は南北朝時代から戦国時代、しばしば戦乱に巻き込まれ、伊丹氏もそのたびに出陣し、その本拠の伊丹城もしだいに整備されていきました。
⇒フロイスも驚いた名城・有岡城
天正2年(1574年)に荒木村重に追い落とされるまで、約300年にわたって活動しました。
荒木村重が伊丹城に入り、有岡城と改名(現在は有岡城跡として土塁の石垣などが残る)。

フロイスも驚いた名城・伊丹城

武将・荒木村重(あらきむらしげ)

有岡城跡について

近世

江戸期酒造図

「伊丹郷町」では酒造業が盛んになります。
⇒江戸で大評判だった伊丹の清酒
酒造とともに俳諧文化も発展していきました。
⇒全国に知られた「伊丹風俳諧」

江戸時代の伊丹の酒造り=「日本山海名産図会」から

江戸で大評判だった伊丹の清酒

全国に知られた「伊丹風俳諧」

近代

旧庁舎の画像

明治22年(1889年)、町村制にもとづき伊丹町誕生。
同24年には川辺馬車鉄道が開通し、のちに大阪と舞鶴とを結ぶ阪鶴鉄道に発展(現在のJR福知山線)しました。
大正9年(1920)には阪急伊丹線も開通し、これら鉄道によって産業経済が促進されるとともに、近郊住宅地としても発展しました。

旧伊丹町役場

お問い合わせ先
総合政策部空港・広報戦略室 広報課
〒664-8503 伊丹市千僧1-1 (市役所2階)
電話番号072-784-8010 ファクス072-784-8107

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